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2006年11月27日

Catsを観にいきました

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ミュージカルなどを好んで観に行く質ではないのですが
彼女に連れられてCatsを観に五反田まで行ってきました

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満員のようで、たくさんのオバチャン、オバチャン、コドモという状況
早速、「うわぁ、人多いよ、、、テンション下がる、、、」って感じになってしまいました
というのも、コンサートや演劇では行き帰りの疲れ、無神経な人たちへのいらだちなどから、コンテンツそのものに集中できないと感じてしまうのです。だから、個人的には臨場感よりも不快感の回避を重視して主に映像や音楽として楽しむ方が多いのです。

ただ、結果から言えば、おもしろいじゃん!!というのが今回の感想
にゃんこ達が席の中を駆けめぐり、様々な舞台装置を使って飛び出てきたりします
ストーリーもシンプルだし、歌の歌詞も聴き取りやすい
いまでも歌が頭の中をまわって離れない、、、

ただ、今回は僕の食わず嫌いもあって「ミュージカルに1万円も払いたくないよー」ということで3千円ちょっとの席で鑑賞したのです。安い席=舞台から遠い席ということで2階の後ろから2列目ぐらいなのですが、個人的には舞台が俯瞰できて好き。マニアと逆の嗜好を持っているのでお得でした。でも俯瞰が好きというのはやっぱり映像鑑賞が好きなのと同じ理由なのかなぁ
結論として、これに8千円払うか?と言われると微妙。5千円なら?考えとく。3千円なら?安いねぇという感じかな。


そもそもミュージカルを観ないのは、劇団四季というものに対してあまり良い印象を持っていなくて、それはただの思いこみ以外のナニモノでもないのだけれど、なんとなく「海外でヒットした作品を翻訳して、装置産業的に上演してるだけじゃん」という風に思っていたのです。それはミュージカル文化がニッチな日本では、コンテンツと劇場が分離したかたちではリスクが高すぎて維持できなかったということなのかもしれない。劇場は良いコンテンツを継続的に入手できないとチケット収入が期待できないし、コンテンツ側としては蓋を開けてみなければヒットかどうか分からない状況下で一定以上の規模でアクセスの良い劇場を継続的に押さえられないと効率的に投資を回収できない。だから垂直統合、、、ということなのかなぁと想像


そんな話を彼女にしていたら面白いことを教えてくれました。彼女曰わく浅利慶太は“スター”を嫌うそうで、個人的に人気が出てしまった役者は排斥されてしまうそうです。キャストも当日まで分からないというのが慣例で、これはオペラなどでは考えられないことです。でもこれは、先ほどの事業モデルの背景からすると、むしろ非常に賢明な判断で、コンテンツを大規模で展開しても、ロングランで上演し続けても、スター役者に依存していなければ作品のクオリティを一定に保つことができるのです。

そして、ロングランは収入源の安定化をもたらしますし、ノウハウの蓄積はコストの圧縮を可能にします。また演出面でのノウハウも大きいでしょう。キャッツシアターなどは作品を知り尽くしたからこそ出来る演出が舞台自体に組み込まれています。

もし、劇団四季がスターを率先して作っていたら、、、
スターが機嫌を損ねたら舞台は継続できない、
スターが怪我をしたら舞台が継続できない、
スターが作品に飽きてしまったら舞台は継続できない。
これは困ってしまいます。

ということで劇団四季のモデルと浅利慶太のスタイルには経営という観点で結構感動してしまったのです。

そして、スターを生み出さないルールを守っていても、結局観客はスターを見つけてしまいます。
鹿賀丈史、市村正規など四季出身で、今は独立して活躍している役者さんはたくさんいます。
それはそれで良いのです。

彼らは劇団四季があったからこそ役者としての職場があって経験を積むことが出来ました。そして劇団四季があったからこそ多くの消費者との接点を持つことが出来ました。これは下北沢などでカルト的な人気を博してからメジャーデビューしようとするより圧倒的に有利です。つまり劇団四季は、日本における役者のインキュベーション機能を担っているといっても過言ではないと感じるのです。

日本の産業界で言うと人材輩出企業として有名なリクルート社のような存在でしょうか?
リクルートにはスターは居ないような気がするのですが、
リクルート出身で活躍している人はたくさんいらっしゃる気がします。

ということで作品の中身にはあまり触れていないのですが、僕らしいエントリーということで、、、
こんどはライオンキングかなぁ
早速予約しなきゃな

2004年11月23日

時代への迎合?それとも発展?

土曜日に国立劇場まで、通し狂言『噂音菊柳澤騒動』を観に行ってきました。

 12時~17時までの長丁場ですが、始めから終わりまで通して話が展開されるのはわかりやすくて良かったです。内容をかいつまんで説明すると、将軍に取り入った功名心の強い人間が、出世のために世継ぎ問題を自らの思い通りに進めようと画策する話です。結局は、企みがばれてお役ご免となってしまうわけですが、その過程でいろいろなドラマが展開されます。途中には、町民の生活も挿入されていて、権力や金に執着するのは偉い人も一般人も同じという教訓めいた内容に仕上がっています。
 途中には40分程度の休憩も入れられていて、そこで食堂にあがって予約しておいたお弁当を食べられたりもしてなかなか風情があります。

 感想としては、パンフレットも購入してあら筋を理解していたので、台詞も意外と理解することができました。劇中には笑いを誘う場面もあって、町民の楽しみであったことを感じさせます。特に驚いたのは、ここにもあったんです“マツケンサンバ”が、、、
 まわりの老人たちは口をあんぐりでした。一方で、若めの人は手をたたき大笑い。これは時代への迎合なのか?それとも柔軟な発展なのか? たしか中村勘九郎がNewYorkで開いた『平成中村座』でもNY市警が乱入するという仕掛けが用意されていたと聞きます。個人的には肯定的なスタンスなのですが、好みは分かれるのかもしれませんね。ただ、やはり町民の楽しみとしての起源を意識すれば当然の姿であるような気もしますね。最近は若い観客も増えたといいますし。
 ということで内容は追いついているのですが、もう一歩追いつかないのが料金です。1人1万円はかかってしまいます。これでは月に1度といった雰囲気にはなりませんね。むろん1階の良い席であったことはありますが、安い料金だからといって、2階の遙か後ろまで追いやられては観る気も失せてしまいます。だって表情が見えないんですから。
 シェイクスピアのグローブ座しかり、浅草の演芸ホールしかり、あのサイズで商業ベースにのせられれば理想ですね。